
いつかどこかで
2026.02.07
岐阜市 2025/7 岐阜繊維問屋街の発祥は昭和20年。 焼け野原となった戦後の国鉄岐阜駅前に、北満州から引き揚げてきた人々が古着や軍服を集めて闇市で売り始めたことが起源と言われています。 昭和30年代にはアパレルの一大産地となり、そして昭和40年には、衣料の総売上が1000億円を超える日本有数のアパレルの街になりました。 最盛期には1800軒もの問屋が軒を連ねていましたが、現在そのほとんどは閉店しています。 2026年には、ここの区画は再開発で無くなります。 1930年代のカメラで、この光景を撮ることは、意味があることだと思い、 シャッターを押しました
Gear / Develop
Shot on
同じ組み合わせ・カメラ・レンズ・フィルムの作例をタブで切り替え
Comments
まだコメントはありません。
Photographer
フィルム写真が好きです